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北の杜文庫連載小説「楢山佐渡」
十一、戦後処理
 
(二)佐渡幽閉
  いよいよ十二月八日、佐渡さまひとりが金地院の大広間に引き出されました。
 訊問の開始です。
 いまは加列役となった東次郎、安宅正路、目時隆之進、野田丹後らが列席…。
「楢山どの、お許しを」
 正面の座に着いた東次郎の声でありました。
 佐渡さまは、これまでこんな穏やかな東次郎の声を耳にしたことはありません。常ならばもっと甲高い声ですが、勝者の余裕なのでありましょうか。
「これより、楢山佐渡にたいする尋問を開始する。まず名前に相違はないか」
 佐渡さまのお名前の確認につづいて、安宅正路の罪状文の読み上げです。
「慶応四年正月三日、鳥羽伏見の衝突は徳川幕府と薩長維新派との政治的立場を転倒せしめた。つまり幕府は主導権を奪われ、征伐される立場におかれたのである。
 この情勢変化に対して奥羽の諸藩、いかに対応すべきか最大の課題となった。わが盛岡藩にとってもしかり、この難局を切り抜けるため勤皇派、佐幕派と二つに分かれて紛糾、中央における新しい政治体制の動きには同調すれども、薩長が主軸の体制には反対という動きもあった…」
「まずはそこまで」
 罪状文の読み上げをさえぎって東次郎、身を糺し…、
「さて楢山佐渡どの、盛岡藩が勤皇派と佐幕派と二派に分かれて紛糾しておったとき、そこもとはいずれの側にありましたか」
「俗に申す勤皇派でござった」
「俗に申す、は不要です、簡潔に申してください。また薩長主軸の体制について、そこもとは賛否いずれにありましたか」
「賛否迷妄であり申した」
「迷妄とは、いかなることですか」
「薩長の維新派が政権を確立するためには、如何でも幕府を倒さねばなりません。しかし、幕府が倒れたその後も、薩長主軸の新政府はその力をゆるめることなく奥羽にふみこんできたのです。まるで奥羽諸藩ねこそぎ討たねば気がすまないといわんばかりにです。その力が強くなればなるほどに、奥羽諸藩の反発の色も濃くなるのは当然でございましょう。わたしはそこで迷いだしたのです」
「しからば、藩が存亡の岐路にあるとき、筆頭家老自らに上洛とは如何に」
「御新兵の勅令もさること、この身で天下の情勢を探るつもりであり申した…」
「で、その結果じゃ、京都にありながら、なぜ早々と佐幕派に転向したのですか」
「転向したとは思ってもござらぬが、この件についてはこれより黙秘つかまつる」
 無頼漢もどきの薩長藩兵のことにも、岩倉具視との会見のことにも、佐渡さまは口開くおつもりはないのでございました。
 この日は、佐渡さまの黙秘によって閉廷です。
 一旬近く日をおいて再びの取り調べ…。
「三月十八日には、九条道孝卿が率いる奥羽鎮撫総督府一行が仙台にご到着、ただちに奥羽諸藩に会津、庄内二藩の討伐を命じておるが…」
 盛岡藩は積極的に動かなかった仙台藩にならったが、その理由と経緯…、
 そして奥羽同盟会議に野々村真澄が参画におよんだ経緯…、
 さらには、秋田藩が同盟離脱後の藩の動向と宣戦におよんだ経緯…、
 実に形式的な訊問であります。
「盟約違反とはいえ秋田はすでに官軍、これに敵対するは逆賊でありましょう。その点は如何に、朝廷の令よりも盟主仙台の令が重いと思うてかな」
「わたしは、朝廷に抗したのではありません。勅令とはいえ、それはすべて新政府から出ているものでありましょう」
「新政府から出ている命令が、つまり勅令です」
「新政府の実権をにぎっているのが、非道のかぎりつくしいたずらに領民を泣かせる浪士集団でござるぞ、東どのはその実をご存じではござらぬか」
 東次郎は、もう激昂を抑えきれません。
「過ぎるぞ、楢山佐渡!、立場をわきまえてものを申せ。いかなるふるまいがあろうが錦旗をにぎる官軍でありますぞ」
「これはしたりな、次郎どの…錦旗にぎれば?…」
 東次郎は、もう握った拳のやりばがありません。
「いや視点を変えましょう」
と、割って入ったのが目時隆之進…。
「楢山どの、立場がひょんたなことになり申したが…。十二所(秋田)でお会いしたときは魂げたでありましょう。いやぁ、官軍のもつ大砲の威力にでござんすよ。
 さて尋ねますが、情勢に明るい楢山どのが初手から勝算ありとみた戦とも思われませぬ、なにゆえに手前方から無茶な戦をしかけたのでござろう」
「無茶な戦をしかけたとは、これまたしたり…、もとをただせば戦しかけたのはどちらでござろう」
「問うているのはわたしです、なにゆえの秋田領への侵攻でしたか」
「秋田は、同盟を結んでおりながら勝機なしと見るや盟約を反故にされた。そればかりか、よらば大樹と寝返りをうちかつての盟友の敵となって刃を向けたのです。
 まるで脱藩兵が故国の陣地に大砲を撃ちこむようなものです、これを討とうとするのは当然の理ではござらぬか、目時どの…」
 佐渡さま、目時隆之進をきっとにらんで口を閉じられました。
「……」
 これには、目時隆之進ただ黙してしまうばかりです。
「東どの、会津も棚倉も亀田も三春も、白河以北のこの広大な大地を守ろうとして必死に戦っているのです。なんでひとり手をこまねいて傍観できましょう。はたまた、よらば大樹と秋田のように寝返りうたれあんすか」
「……」
「ここ奥羽は、古来よりいくたび中央から攻められましたことか。
 東どのとても、よく存じてござろう、かのアテルイ(阿弖流為)を…。
 安倍(貞任)一族にしてもそうでがんす、この美しい山川を、領民を守るべく立ちはだかったではござらぬか…」
 東次郎は、もう一時の興奮から覚めております。
「奥羽武士の意地だといわれるか。されど楢山どの、これからは武力だけでは国土は守りきれないのです、これは新しい日本の夜明けなのです。
 あなたを最後の武士として、武士の世の中は終わる運命だったのです」
「意地と申されるならば、武士ばかりの意地ではござらぬ。ここ奥羽は武士も民百姓もみな貧しくも、これまで力合わせて暮らしてきたではござらぬか、奥羽の領民すべての意地でござんす」
「わたしとても、その意地わからぬではない。しかし、武力以外にその意地を貫きとおす手立てがなかったとは断言できますまい。楢山どの、この点は如何ですか」
「と申されても、わたしは敗軍の将です、戦の責めだけはこの一身にお受けいたす。東どの、くれぐれもその罪、藩侯はもとより他の者におよばざるようお願い申す」
 佐渡さまは、終始胸をはって凛然としてしておられました。
「楢山佐渡が処罰の沙汰は、おって新政府軍務局の名で申しわたす」
 佐渡さま、いまはただその沙汰を待つばかりでございます。

 世事紛紜夢中如 常国難思無窮悔
 此心近来他人異 聴欲提封旧同而
(世の中の変りようは夢のようですが、盛岡はどうなっているのでしょう)
 鉄枷手在一心清 君輿路見眼驚如
 未僧房宿何不恨 未国為東京不死
(いまはだれを恨むでもありませんが、国を思えば東京では死なれません)

 この二つの詩は、佐渡さまが東京幽閉中の作です。敗戦の責めを一身に背負い、国を思いながらに死を覚悟する上流武士としての潔さがみごとにうたいあげられているじゃありませんか。
 このころの江幡の日記…。
「楢山君ハ、サアラヌダニ国ノタメ、物思ワルルサマナレバ何事モ物語ラデ、今日モ打チ過グ」
 佐渡さまは、佐々木や江幡と顔を合わせてもめったなことで口をきくこともなかったのです。いつ処刑の沙汰があるやもわかりません、辞世の句をねりながら静かに死を待つといったお姿でございます。
「…うつらぬものは武士の道」
 すでに武士社会の崩壊を予知されて、下の句はきめておられます。
 東京の春は早いのです、もう金地院の庭には紅梅の花が美しく開き始めました。
「花は咲き…」、「…花は咲けども」、「…花は咲く」。
 梅の枝で鳴く鶯の声をぼんやりと耳にしながら、なんども口ずさんでみるのですが上の句がなかなか定まりません。
 そのうち、佐々木直作と江幡五郎は拘束を解かれて金地院をでることになりましたが、佐渡さまは軍務局から襦袢下着、紋付、麻上下を下賜されて、利剛父子とともに麻布下屋敷に移されることになりました。
 麻布の屋敷に移ってひと月ほども経ってから、佐渡さまのもとに意外な情報が入ってきました。
 面会に訪れた佐々木直作と江幡五郎の話によれば、目時隆之進が御役御免となったばかりか、ここ下屋敷に近い麻布藩の長屋に幽閉されているらしいというのです。
「如何でまた?」
「詳しいことは知らぬが、疑うべき廉ありということなそうだ」
「そうか、あの目時が…」
 佐渡さまは、表情ひとつ変えるでもなく、ただそうおっしゃっただけでした。
 はたしてそれは事実でありました。
 ことの起こりは、盛岡藩の処分をめぐって国元にあったのです。

 
(三)盛岡藩処分
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