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北の杜文庫連載小説「楢山佐渡」
九、秋田進攻
 
(一)佐渡出立
  秋田への進撃開始は、十日後の七月二十七日……。すぐさま全藩に布告して準備にとりかかり、前日の昼までには完全に戦備も整いました。
 佐渡さまの出陣を明日に控えた楢山屋敷は、出入りする親近の者たちで朝からごった返しておりましたが、夜になってやっと静まりました。
 なか夫人が行灯(あんどん)の灯で繕いもの、そのかたわらに佐渡さまと父の帯刀さまが対座しておられました。
「五左衛門……」
 家(屋敷)にあっては佐渡さま、父の帯刀さまからこう呼ばれます。五左衛門ならまだしも、このごろでは「茂太」と呼ばれることさえあるのです。茂太とは幼名です。
 佐渡さまは、そんなところに父の老いを感じたりするのです。
「こんどの戦ぁ、わが藩の大義はなんじゃな」
「秋田は盟約に背反したんでがんす。裏切り者の討伐です」
「秋田を倒しても、幕府は再興できまい」
「はい、徳川さまの再起はもはや……。だが新しい時代の夜明けでござんす。その幕開けはなにがなんでも同盟の手でやるのです、東北政権の樹立です。薩長のサムライどもにゃ、政権はまかせられながんす」
「サムライ?」
「とても武士とは呼べながんす」
「それならそれでもよいが、サムライには、サムライとしての義があろう。
 よいか五左衛門、これは、百姓一揆ならぬサムライ一揆なのじゃ。やりぎり(むりやり)と武士の世をぶっつぶす、つまり徳川さまを滅ぼすことじゃが、それがあっちの道理だとしたら?」
「とんでもない、そんな、そりゃあ道理じゃない、無理というもんでござんす」
「昔から、無理がとおらば道理引っ込む、という……」
「引っ込めと言うのでござんすか、ばかな……、無理なのはどっちでがんす」
「どっちが無理か、それは戦してみねばわからない。こんどの戦ぁ、武士とサムライの力くらべじゃ」
「……」
「無理を貫きとおした方に軍配があがろう、戦とはそういうものじゃろう。そして勝った者だけがひとまず道理をつかむ、勝たねば道理は手に入らぬ。古今東西、戦という戦はみなそれじゃ、義と義の決死の衝突なのじゃ」
「戦とは、道理をつかむためのもの……?」
「そうじゃ、無理も道理の一種、戦場へおもむくそなたへ、はなむけ(餞)じゃ」
 なんのなんの、かつては盛岡藩筆頭家老の帯刀さま、まだまだ老いてはおりません。
「分かり申した、そのはなむけ有り難く頂戴いたしあんす。ならば必ずやその無理とやらを貫いてまいりあんす」
「その無理、もしとおらねば……?」
「たとえ砕けようとも五左衛門、必ず貫きとおしあんす」
 帯刀さま、わが子の出陣に「無理が道理」と檄します。
 ところで、ふたりが交わす「サムライ」とはなんでございましょう。
 もともと、公家につかえて護衛や身の回りの世話をする人のことをサムライ(侍)と呼びました。また、戦国の世には一軍の武将を指したことばでもあります。
 太平がつづく江戸時代には、全国的に主君のもたない浪士が大勢おりました。
 ことにも幕末のころは、薩摩や長州にかぎらず脱藩浪士(坂本龍馬や中岡槙太郎など)も増える傾向にありました。また、みずから志士を名乗って天下国家を論じる薩摩の西郷隆盛たちのように祿の低い下士たちもおります。
 高知ともいわれる門閥家、いわば上級武士の佐渡さまが口にされるサムライとは、こうした浪士や下級武士を指しておられるのでありましょうか。
 いいえ、下級武士とさげすんでいるのではございません。どうして佐渡さまは、あの醜行のかぎりつくす薩長兵士を武士(もののふ)とよべましょう。
 現在でも、非行や悪行の者を指して、
「あいつは、とんでもないサムライだ」
 などと呼ぶことがありますが、これは、素行のよくない幕末の浪士をサムライと呼んだ名残なのかもしれません。
「なか、めんどうをかけた」
「こたびの遠征、どれほどの日にち、かかりあんすえん」
「長くて三月(みつき)か……」
「下着のお着替えも、数着(なんぼ)か弓太さんに頼んでお城に届けあんしたから」
「なか、何から何までめんどうをかけた、済まなかった」
「……」
 このときなか夫人、かすかにぴくりとされたようでございました。
 けれども、武士の妻がどうして、
「ご無理なさらぬように、必ずお戻りゃっておくりゃんせ」
 などと言えましょう。さきほど帯刀さまの檄「無理を貫け」を聞いたばかりであります。
「家の方はご心配なく、ぞんぶんにご活躍めさってくなんせ」
「あぁ、このからだは奴ら(サムライ)の鈍刀(なまくら)ではけっして切れぬ。鉄砲玉さえはねかえすはがね(鋼)の皮膚(からだ)じゃ、かならず元気で戻ってくる」
「桜山さん(桜山神社)さ子どもたちも連れでって、日ごとにご無事をお祈りいたしておりあんすから」
「心配するな」
 ふたりが添って十六年、これが最後の契りとなろうとはいまは知るよしもありませんが、その夜……。佐渡さまに抱かれてなかは、渾身のかぎりに玉のはだえをよじり、鋼の胴体(からだ)にしがみついたことでございます。
「泣かないでくれ……、なか」
 いいえ、決して悲しいというのではありません、これまではなかったことですが、どうしてもこぼれ落ちるのです、涙が……。
 なかは、佐渡さまのお皮膚(からだ)が愛しいのです。
「あしたは晴れて遠征のお旅立ちだっつのに、お許しぇっておくれぇんせ……。ご無事の凱旋をお待ちしておりんす」
 なかは、藩士奥瀬内蔵嵩棟の娘、佐渡さまとは同年の三十七歳でございます。
 若い時から、ちまたに「藩中随一の美女」といわれるほどの方でありました。
 長い黒髪をおばこに結いあげ、色白のお顔はいつでも笑みをたたえておられます。
 十五歳になる娘のさだ(貞)と一緒に外出するときなどは、
「まるでご姉妹のようだ」
 などといわれるほどのご器量でありました。
 容姿だけを申すのではありません、高知衆の娘に生まれ、女大學などの学問を身につけ、長刀などの武芸にも秀でておりました。まさに才女でございます。
 明けて、いよいよ出陣の日……。
 暁七ツ刻(午前四時ごろ)のことでございました。
「思い出したことがある、うっかり忘れるところだった。聖寿院(北山の聖寿禅寺)にいってくる、弓太くん、馬を持て」
「お墓参りでござんすか」
「うん……、ひとりでよい、心配無用じゃ、すぐもどる」
 聖寿院には楢山家の墓地がございます。
 結婚された翌年(嘉永六年)に、長子逸之進を早世(なく)しております。
 佐渡さま、ひとり馬にまたがって、
「おりゃっ……」
 と、暁天の明けきらない濃靄のなかへ駆けていかれました。
 半時たらずでもどってこられましたが、もう家族のみなも起きておりました。
「だれか逸之進の墓参りに行ったのかな。新しいお花が供えてあった」
「五左衛門、わしじゃ、わしじゃ。なかに誘われてな、子どもたちもみな一緒じゃ」
「いつでござんすか」
「一昨日(おととい)じゃ」
「あなたが登城された後でにわかに思い立ち、みんなで遠征のご無事(武運長久)の祈願に行ってまいりんしたのす、八幡さまの方にもまわってまいりんした」
「そうか、やはり忘れずにおったか……逸之進を」
「だれが忘れあんすだってす」
 逸之進を失った日、亀ヶ池(盛岡城西側の堀池)の端に蓮のつぼみがかすかに赤みをおびておりました。
 いまだになかは、蓮のつぼみの薄紅を亀橋から望むたびに失ったわが子を思いだすのでありました。
「先月の命日(たちび)にも、みんなでお墓参りをいたしあんした」
 六月十七日、佐渡さまは塩竈に向う陸前丸の船底におられました。
「きょうは逸之進の命日だ」
 遠州灘で颱風の波に木の葉のようにもまれながら、
「蓮質幻莟童子よ、われらと、われらが奥羽を安らけく守らせたまえ」
 と、亡き子の霊に祈ったことでもございました。
「あのときは、逸之進に守られたのだ……。逸之進が生きておれば、すでに元服もすんで十六歳、こたびの遠征の供揃えにくわえるところじゃったが」
「こんどだって、きっとお守りゃってくださるんでござんす」
「それじゃ父上、『無理こそが道理』ありがたくいただいてまいります」
「うん」
「さだ(貞)、うら(浦)、たね(太禰)、行ってくるぞ。なか、父上を頼むぞ」
「行っておいでぇんせ」
 佐渡さま、これまで家族のお見送りをいくたび受けられたことか知れません。
 ですが、家族にとっても戦場(いくさば)へ発たれる佐渡さまを見送るのはまったく初めてのことでございました。
 むしが知らせるなどと申しますが、なかは一筋の手ぬぐいを黙って佐渡さまにさしのべられたのでございます。佐渡さまもまた、それを黙って受け取られて騎乗のひととなりました。
 全軍、午の刻(正午)八幡宮境内に集結するてはずであります。
 佐渡さまは、いったんお城にたちより軍装されてからそちらへ向います。
 八幡宮までは弓太もお供……、
「八幡境内を出発する隊列は、紺屋町、鍛冶町をとおり上の橋から本町に抜けるそうでござんす。みなさんは、本町の小林屋(旅籠)のあたりで待ってでくなんせ」
 佐渡さまを乗せた馬は、弓太に口取られてゆっくりと歩みはじめました。
 二度ともどることのない楢山屋敷でございますが、一度もふりむくこともなく後にいたしました。
 
(二)鹿角口攻防
小さな一冊 発信
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