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北の杜文庫連載小説「楢山佐渡」
八、衆議一決
 
(二)佐渡帰国
  空は快晴、佐渡さまが乗った船は、帆に風を受けて北上川をのぼります。
 船上の佐渡さまは、石巻を出港するときからまったく同じ姿勢です。合羽を羽織られてじっと前を凝視(みつ)めて立っておられます。
 右方の岸辺にそって、もえる柳の緑が水面に垂れてどこまでもつづきます。
 東方には束稲(たばしね)山がくっきりと見えてきました、そろそろ平泉……。
 両岸のかなたに広がる大地のみどり……。
「美しい、この美しい奥羽を戦火にさらしてよいか」
 佐渡さまは、むかし松尾芭蕉が平泉を訪れて詠んだ、
「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」
 という句を思いました。
 おいしげる夏草を見つめながら芭蕉は、八百年も前の前九年の役(奥羽を攻める源頼義、義家父子とむかえうつ安倍頼時、貞任一族の合戦)の激戦を思わずにはいられなかったのです。
 安倍一族は、この美しい奥羽の平和を守るために、侵攻してくる中央政権にはげしく抵抗したのですが、むなしく破れてしまったのです。
 そのときの、武士たちの義心も功名心も自然の中では一瞬の営みでしかないという戦(いくさ)のむなしさを詠んだものでございましょう。
 しかし、佐渡さまは思うのです。
「それがわからぬではない。戦を好むものではない。
 いま奥羽は、前九年の役からさらに百有余年後に源頼朝の威力に屈して滅亡した平泉藤原氏のごとくに、ひと刃も向けずに薩長の前に降伏できようか。
 それができないのだ。たとえ、はかない義心、功名心と言われようとも、それは決して一瞬の営みであるはずはない、長い歴史のなかで培われた奥羽の意志なのだ」
 そういう方なのでございます、佐渡さまは……。
 川岸に目をこらすと洪水の被害でしょうか、あちこちに削りとられた傷跡です。
 前にも申しましたが、この年は例年にない長雨がつづきました。
 そうです、奥羽鎮撫九条総督一行総勢で千三百名もの官軍といわれる軍隊を盛岡に迎えた、あのときの長雨です。
 その傷跡が、いまだ復旧の手もなくあちこちに無残な姿をさらしています。
「この美しい領土を必死に守っているのが民百姓だ。不作に泣き洪水に泣く民百姓をなんとしても救うことこそ藩侯のつとめ藩士の任務なのだ」
 佐渡さま、幼いときから利済さま(前藩主)の悪政ぶりをいたいほどに見てまいりました。いつもしっかりと心にきざんでもございます。
 仙台を発って三日めの宵に、黒沢尻の船着き場に到着しました。遅いので、ここでの投宿も考えられたのですが佐渡さまは……。
「いや、ここまでくればわが家まで」
 と、早駕籠を仕立てて直行、内丸の楢山屋敷に着いたのは深夜でございました。
 家族総出の見送りを受けて京都に出立されたのが三月(陰暦)はじめ、一面銀世界の朝でございました。
 数えれば四ヶ月ぶりのわが家です。
「なか(妻)、いま帰った、やっぱりここが一番じゃ」
 なかが、佐渡さまの後ろからかざす単衣(ひとえ)の袖に腕をとおしながら、用人の沢田弓太にも声をかけられます。
「弓太くん、長い間の留守居かたじけない」
「とんでもながんす、すぐにすふろ(風呂)焚(た)きあんすから」
 風呂ばかりか弓太は、佐渡さまが脱がれた合羽(かっぱ)、草鞋(わらじ)、脚半(きゃはん)、足袋(たび)などのしまつ、足洗桶や手ぬぐいの準備と、実にかいがいしく動きまわります。
「お父さまや、太禰(たね)たちを起こしぁんすえが」
「いや、いまは深夜(よなか)だ、そのままに……。これは、おまえさの土産だ」
「これ、なんでがんすえ。あやぁ、めごがんす(可愛らしい)こど」
「手鏡だ、その袋は西陣(織物)だ。清水(きよみず)でみつけた」
「うれしがんすこど」
「あちらの(京)の女(おなご)なら、うれしゅうおますえ、いやいや、うれしゅうどすえ、だったかな」
「あやぁ、なにを買ってあげたんでござんす。その女(ひと)さ」
「ちがう、ちがう、とんでもない。あのなぁ……」
 佐渡さま、小西屋に小憩されたときのことを思い出されての弁解でございました。
「お茶をごちそうになったので、美味(うまい)とほめたらなぁ、小西屋のおかみが返したことばだよ。ほめられて嬉しんだべ、うれしゅうおます……つぅのは」
「京都弁(みやこべん)の方がきれいなんでござんすか」
「そんたなことはなぇべ、盛岡弁の方がずっとずっと、えぇな」
「ほんまに、うれしゅうどすえ」
「はっ、はっは、覚えたか」
 佐渡さまは、律義で実直でそのうえほんとうにお優しい方でございました。
 翌日の朝食はもう昼四ツ(十時)もまわっておりました。家族のだれも箸をとらずに佐渡さまの起きられるのを待っているのです。
 それぞれの膳の上には、京都土産が添えられてございました。
 父帯刀さまに印伝細工の印籠(薬入れ)、長女貞(さだ)、次女浦(うら)、三女太禰(たね)には、いずれもなか夫人と同じ手鏡でございます。そえぞれ西陣の柄が多少ちがうだけです。弓太の膳にも印伝の煙草入れがのっておりました。
 やっと、佐渡さまが居間に姿を見せると、貞、浦、太禰が声そろえて……、
「ととさま、うれしゅうどすえ」
 と、笑顔で父を迎えます。この三姉妹、すでに母なかに教えられておっての歓迎のあいさつでもありました。
 楢山家が久しぶりのにぎやかな朝餉(あさげ)どき……。
 その団欒のさなかであります、玄関に来客のようす……。
 八戸南部弥六郎済賢が屋敷からの使者でありました。
「佐渡どのにはめでたくご帰国とのよし、早々に面談いたしたく……」
 佐渡さま、弥六郎の魂胆は会わずともわかっております。
「弥六郎どのにぁ、いまは会いたくない、ひどく疲れて休んでいると申してお帰りいただくように」
 前述のように弥六郎と佐渡さまは義兄弟にございます。
「夕べ遅く戻られて、その後も夜を徹して日記の整理とかで、つい先刻(さきた)かた床についたばかりで、お申すわけなござんすども、そういった訳でござんすから……。明日あたりでも、そちらさんに伺うと思いあんすので」
 なかの応対で、弥六郎の使者には戻ってもらいました。
 しかし佐渡さま、その後すぐに弓太をつかわせて軍務方大目付向井蔵人を楢山屋敷に招いたのであります。
 この男は強力な同盟論者であります。
 佐渡さまは、まだ決しかねている先日(七月三日)の城中評定の顛末を詳細にききとられました。
「わたしの感じでは秋田討伐論の方が若干(すこし)まさってはおりんすが、なにしろ勤王派大御所の遠野(弥六郎)どのが一座をにらんでおられあんすので」
「して、幽因中の東次郎は如何(なんじょ)してるすか? 聞くところによれば殿へ建白書をだすなどして動いているそうではないか」
「それでござんすが、東どのは依然として反同盟論者で、建白書ばかりか屋敷へひとを招き入れて城内の会議をことごとく陰から指導しているもようでござんす」
「それは許せなぇ、向井どの、城内の者の東家への出入りはいっさい禁止とされよ。厳重に警備して不測の事態にそなえねばならぬ、まんがいち脱出して官軍とぬかす秋田方にでも投ずるようなことに相なっては藩の結束も乱れかねない」
 佐渡さま憤然としたおももちでございます。
「次郎め、こうなっては完全なる政敵……」
 午後になって佐渡さまは、向井蔵人を伴って登城されました。
 佐渡さまの帰国報告をひととおり傾聴した藩主利剛さま……、
「佐渡くん、わかった、いやわかっていた。わたしの覚悟はとうにできているから心配なきよう、明日の城中評定にはよろしく頼む」
 と、佐渡さまの意をすでに見抜いておられるのでありましょう。
 上洛視察報告を兼ねて、あらためての御前会議は明日、昼八ツ(午後二時)の刻太鼓を合図に招集されることになりました。
「佐渡どのが帰国されたそうだ」
 勤王とも佐幕とも、同盟とも反同盟とも欣喜雀躍……。
「こんどこそ藩論がまとまる、きっと秋田討伐に決まるだろうよ」
「いや、めでたき官軍となって奥羽同盟は離脱することになろう」
「同盟を離脱したからって、戦(いくさ)よ」
 それはそのとおりであります。仙台を迎え撃つか、秋田を攻めるか……。
 双方とも、自分たちの主張に佐渡さまがきっと同調してくれるにちがいないと、信じきっているもようなのです。
 佐渡さま帰国の報は、藩士ばかりではありません、もう町中に広がっております。
「佐渡さまのことだ、この盛岡(もりょが)の町ば戦場にするような方途(みち)をとるはずはなぇ」
 名家老としての佐渡さまを、端(はた)から町人たちは信じております。
「どっちさ決まったっても、如何(じゃんじょ)でも戦ぁはじまるんだな」
「そなたぁ(貴方)は、そんたに戦が恐怖(おっかね)ぇか、もっともここ何百年と奥羽(ここ)にぁ戦ぁなかったからなぁ」
「なぁに、俺(おら)ぁの所(どご)でぇ、朝から晩まで嬶(かか)ぁと戦でがんす」
「洒落(おどけ)てるときが、戦ぁ、夫婦けんかとぁ違うぞ」
 佐渡さまが屋敷にもどられると、また遠野屋敷から使者があったらしいのです。
「火急とかでおいででござんした。それで、留守だと伝えあんしたら、すぐ戻られぇんしたが、このままにしておいてもよござんすか」
「どうせ明日はいやでも城中で会う」
 佐渡さま、いまはどうしても弥六郎と会いたくないのでございました。
 
(三)衆議一決
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