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北の杜文庫連載小説「楢山佐渡」
五、列藩同盟
 
(一)嘆願却下
 「会津に罪がない」
「奥羽の力を結集して、会津藩を救おう」
 白石城における列藩同盟の意志でございます。
 それぞれに自藩の式目にしたがって数千の将をしたがえ、仙台藩主伊達陸奥守慶邦(だてむつのかみよしくに)さまと米沢藩主上杉弾正大弼斉憲(だんじょうだいひつつなのり)さまは、会津藩謝罪嘆願書をたずさえて岩沼の鎮撫総督府に赴(おもむ)いたのであります。
 しかしこの嘆願書は却下されるのです。
 まあ、その経緯(いきさつ)をおききください。
 鎮撫総督である左大臣九条道孝さまの、いかにも公卿然とした力量の弱(な)さと、なりあがり下参謀世良修蔵の下侍然とした不作法さを……。
 一行が、岩沼の総督府に到着したのは昼八ツ(午後二時)……。
「奥羽鎮撫左大臣九条総督どのに、お願いの儀あって参上つかまつり申した」
「総督九条卿には、お昼寝のときなればしばらく書院で待たれよ」
 早馬で、事前に到着予定時刻を知らせてもおりますが、お昼寝とは……、おそらく女でも侍らせて膝枕のお休みなのかもしれません。
 一刻(二時間)ほども経ってからようやく書院に姿をみせた九条総督……。
「やぁ、またせた、またせた、両中将」
 到着のさいにさしだした米沢と仙台からそれぞれに持参した特産品の礼をのべるでもなく、まるで鼻先で嘲笑(あざわら)うかのような口ぶり……。
 本来ならば、大名と公家では格がちがいます。五摂家(ごせっけ)とはいえ公卿の食禄なぞは、しれております。せいぜい幕府の旗本ていどでありましょう。
 しかし、いまはちがいます。伊達陸奥守慶邦さまが容(かたち)をただして深々と一礼、ゆっくりと頭をもちあげられての言上……。
「今般、会津藩松平容保ご征伐のところ、容保には前非を悔い降伏謝罪申しあげるむねを、当藩に対して嘆願書をさしだしてまいりました」
「ほほう」
 九条総督、息をもらして重いからだをビクリと動かしたようでもあります。
「上杉弾正大弼どのと相諮(あいはか)り、その実否を糺(ただ)したるうえ、私ども両名の嘆願書をそえ、あわせて奥羽諸藩また同意の嘆願におよびまいらせたれば、これなる三通の嘆願書をなにとぞご受納くだされたく御願い申しあげます。
 委細の趣旨は嘆願書にしたためたるとおりにございます。
 また会津においては、領地の削減はもとより、首謀者の首をさしだす所存でもございます。なにとぞ、この二ヵ条をもって以前の罪をおゆるしくだされたく嘆願におよびましたるしだいにございます」
 ただ嘆願書の中継ぎをしているのではありません。
 六十二万石中将が、米沢藩十五万石上杉斉憲さまと連れだって参上し、礼をつくしてこれだけのことを申しているのです。
 いかに総督でもきかなかったではすまされまい……。
 しかし九条さま、さしだされた嘆願書に一瞥をくれただけで手にとろうともされません。まるでなにも見なかった、きかなかったと言わんばかりであります。
 目をつむったきりの黙口(だんまり)でした。あるいは、こんな場合にいうべきことばを知らないのでしょうか。
「されば、会津鶴ヶ城(若松城)は、開城に、およばざるのか」
 総督は、しばらく考えたあげく、いちいち語尾をあげながら発したことばはこれであります。
 まるで、その(嘆願書)重さのなんたるかも認めていないような一言……。
 そこで、上杉斉憲さま……。
「総督閣下へ申しあげまする。若松城はいずれは開城におよびましょう。
 ただ、現在(いま)のところ俄(にわ)かには藩主容保にしたがえない激徒もおります。もし内乱でも生じたとあいなれば、官軍に対していかなる無調法をなさざるともしれません。
 かりにそのような事態となりますれば、いよいよ天朝に対し奉り罪重ねる道理なれば心痛このうえなく、願わくば愍察(びんさつ)をたれたまいて寛大なる処置をもって当分右の二ヵ条にて謝罪の嘆願書に、篤(あつ)きお沙汰をたまわりたくお願い申しあげます」
 顔に白粉を塗っているので、余計に表情がとぼしいのでありましょう。
 九条総督道孝さまはまるで意にかいしてもいないふうであります。殿上人というのはこういうものなのでしょうか。
「……会津容保に罪ありとは申せ、このたびの官軍東征には会津のみならず奥羽全土の領民が怯えているやにききおよんでもおります。
 強(し)いて会津ご討伐とあいなりますれば、人民塗炭の苦しみにおちいり、はては乱民蜂起いたしましょう。こうなりますれば、いかに官軍のお力をしても鎮静容易ならざることにあいなりましょう……」
 両中将、かわるがわるの言上です。
 いかに駘蕩(たいとう)としたこのお方でも、少しは気をうごかしたようでもございました。
 いや、あるいはきいているのも飽きてしまっての表情だったのかもしれません。
「僣越(せんえつ)ながら申しあげたくぞんじまする」
 重ねて、口をひらく仙台藩家老但木土佐……。
 大意はべつに主君のものと変わりないのですが、諸藩の疲弊(ひへい)状況をのべられた後に次のことをつけくわえたのであります。
「……もしも会津降伏嘆願をお入れなきにおきましては、あるいは取りかえしのつかない事態をもまねきかねません。
 天朝の鴻恩(こうおん)をしるもしらざるも、勤皇の心もとどきかね、ついには泥沼におちいることにもなりましょう。
 列藩の至誠を愍察あって奥羽の二州安堵いたすよう、ご裁許(さいきょ)をあおぎたく御願いあげ奉りまする」
 つづいて米沢藩家老竹俣美作(たけまたみまさか)、声をふるわせて……。
「……なにとぞ、ご温情のご沙汰を今すぐにたまわりたくお願い申しあげます」
 九条総督は、ほとほと倦怠(けんたい)の表情でありました。
 なにしろ、もう数刻もまわって夜も四ツ(午後十時)であります。
「その方らの願意は、とくとわかった。
 じゃが、麿がひとりで決めるわけにはまいるまい。これは戦ゆえになぁ、軍事参謀の意見をきかねばなるまい。なにぶんの沙汰はおってつかわす」
 これは、戦の指示ではございません。下参謀の意見をきかなければ決められないことでございましょうか。これでは、これまで何のために数刻にもおよんで、饒舌(しゃべ)りとおしたのかわからないのです。
「下参謀の世良が余計な口を出さなければよいが、とにかく吉報を待とう」
 だが、吉報はなかったのです。
 今は、両中将にとっては薩長がふりかざす錦旗さへ恨めしいのです。
 天朝というもの威力でございます。
 武士としての礼節を足蹴にするような絶対の威力の前に、両中将たちはただ歯ぎしりするばかりであります。
 鎮撫総督がどんなに無力な「こけし地蔵」でも「木偶(でく)の坊(ぼう)」でも、錦旗を背景にしているかぎりはおよぶべきもないのでしょうか。
 さて、総督に提出されました嘆願書です。
 下参謀世良修蔵の目にふれたのは三日後の十五日早朝でありました。
「降参とあらば、おそくも二月時点であったろう。いまになっては見苦しい。こうなれば奥羽はみな敵として征伐じゃ。すぐ総督にもちかえり『蹴れ』と申しつたえよ」
 この男、鎮撫の意味をとりちがえてございます。なにがなんでも賊軍として征伐するという魂胆なのです。
 これではどちらが総督か参謀かわかりません。
  今般、会津謝罪降伏嘆願書並奥羽各藩添願書被二 差出一 熟覧の処、朝敵不レ 可レ 入二 天地一 之罪人ニ付、難レ 被レ 及二 御沙汰一 早々討入可レ 奏二 成功一 者也。
 嘆願書は一顧もされずに、両中将のもとへその日(閏四月十五日)のうちにたたき返されたのでございました。
 とても総督九条道孝さまの手になるものとは思われません。
「もはや、肥後(松平容保)どのを救う手段(てだて)はないものか。三千七百の将士をしたがえて、羽州十五万の太守が礼をつくしてわざわざ米沢から三日もかけて岩沼におもむいた。その結果がこれとは……あまりの沙汰であろう」
 悲痛にくれて米沢藩主上杉弾正大弼さま……。
「これまでの苦労は、水泡にきしたか」
 伊達陸奥守さまにしても同じであります。
「世良だ、世良の画策にちがいない。世良がいるかぎりは談合はむだだ」
「世良を斬るしか手はなかろう」
 そんな思いは、熱血の士ならずとも腹の底から沸きあがるのでありました。
「嘆願が却下決裂したとなれば、いよいよ奥羽があやうい」
 その報は、波紋となって奥羽全土のすみずみにまで広がりました。
「カングンが、奥羽さ攻めてくるど」
「恐怖(おっかね)ぇ!、キンキがくるどよ」
「モッコよりも恐怖(おっかね)ぇが」
 これより六百年もの昔、蒙古襲来という国内全土を震撼とさせた騒乱がありましたが、さながらあのときの再現であります。
「モッコ(蒙古)がくるぞ」
 あのときも、いかに僻陬(へきすう)の陸奥(みちのく)とは申せ、山ひだのはての幼児さえもふるえあがったといわれます。
 余談ですが、いまだに東北地方には、おそろしいもの、こわいものの代名詞としてつかわれている「モッコ」ということばがあります。
「言ウ事ヲキカナイト、モッコ来ルゾ」
 まさにそれであります。カングンやキンキは新たなる怪物として奥羽におそいかかろうとしているのです。
 カングンとは官軍、キンキとは錦旗です。
 しかし、ときには姦軍(かんぐん・女性に恐ろしい軍)となり、禽鬼(きんき・人を捕らえる鬼)ともなって、怒濤のごとく牙むいておそいかかる形相でありました。
 
(二)世良誅戮(ちゅうりく)
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