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北の杜文庫連載小説「楢山佐渡」
三、家老対決
 
(三)尊王か佐幕か
  そうこうしているうちにも、時は飛ぶように流れてまいります。
 嘉永六年(一八四八)、盛岡藩が百姓大一揆という騒動に揺れだしたその年、アメリカ東インド艦隊ペリー総督が浦賀沖に来航、開国を迫って上がり込み日米和親条約を結んだのでありました。
 それからは、イギリス人もロシア人たちもそれに続きました。あっという間でした。それをめぐって、尊王だ攘夷だと国内に騒動がまき起こったのです。
 井伊直弼の『安政の大獄』が起こったのもこうしたさなかでした。なかでも全国を震撼させたのが万延元年(一八六〇)三月の桜田門外の変であります。
 幕府の大老井伊直弼が、江戸城の膝元で白昼わずかに十数人の浪士たちにより斬首されたという事件です。
 黒船来航よりわずか七年、まさに幕府の屋台骨をゆさぶるほどの大事件でした。
 この事件の朝、そこを通り掛かったのが東中務……。
 まったくの偶然にしては大きすぎる衝撃でありました。
 のんのんと降りしきる雪のなか……。
 双方が低い声をあげて斬り結んでいるのです。
「えぃ、やっ」
 やがて駕籠のなかから引きずりだされたのは大老井伊直弼です。
 すぐさまに刺され、斬られ、首を刎ねられたのであります。
「これは、なにごとか。なにかが変わる、幕府はどこかに行ってしまうのだ」
 中務が直感したのはこのことであります。
「こうしてはいられない」
 ほどなく盛岡に帰ったのですが、その時、中務は同じ家老の南部監物に密かに次のようにもらしております。
「これからの時代は、南部藩一国を大事にせねばならない、殿さまを第一とする時代はまもなく終わります。藩政をあずかる者として、場合によっては藩侯がどうであれ、われわれだけで事を決して藩のために備えなければなりません」
 南部監物が、これを藩主利剛さまに讒言したのです。
「中務はなにを考えているかわからながんす、かれの専横は目に余るものでござんす」  
 ここまで聞いては、いかにおとなしい利剛さまでも黙ってはおられません。
 思い当たるふしがあるのです。次郎はもともと利義派なのです。
「中務が、藩政を壟断(ろうだん・独占)しようというのか、注意せねばならないのう」
 利剛さまのこの言葉が、近侍の者から中務にもれたのかもしれません。
「藩侯が不要とあれば執政の座を降りましょう」
 中務は機敏でした、みずから職を辞してさっさと知行地の三戸郡沖田面村に帰郷するや付近の若者によびかけて、広い邸内に道場を開いたのです。
「日本は変わる、その時機を待とう」
 三戸から山ひとつ越えて南に下り、馬淵側沿いに福岡という町があります。
 かつて、天下にただひとり豊臣秀吉に刃向かった九戸政実という豪傑を生み、ほぼ半世紀前の文政年間には単身で津軽侯の行列をねらった相馬大作という怪物を生み出した町でもあります。
 このころ、ここの呑香神社の禰宜(ねぎ)に小保内定身という男がおりました。
 安政三年に江戸に出て長州の久坂玄瑞や小倉健作などの攘夷党と親交をもち、すっかり攘夷色に染まって帰郷したばかりです。
 また、この男を追って長州浪人の小倉健作が福岡までやってきて、ふたりで『会輔社』という青年道場を開いたのでありました。
 万延元年には、上州麻生の吉田弗堂(ふつどう)もやってきました。弗堂と小保内定身は、東条一堂塾での仲間、弗堂はのちに水戸天狗党に身を投じて斬死するほどの狂熱家です。
 山峡の福岡は、まさに尊王攘夷の熱気が渦巻いていたのであります。
「南部藩も、いつまでも佐幕などとは古いふるい。ふるい殻からはやく抜け出して、攘夷という新風に当たらなければ他藩に遅れをとるぞ」
 小保内が、全身に攘夷の匂いを漂わせて、しばしば中務のところを訪れるのです。 中務にしても、桜田門外で見た異様な光景が昨日のごとくに蘇ってくるのです。
「幕府の命は長くはない」
 事実、幕府の威信は次第に地に落ちてまいりました。
 文久二年(一八六二)に朝廷は攘夷の大方針を決定、政局の焦点はすでに京都に移り、将軍家茂さまが入京、天皇とともに岩清水八幡宮に攘夷の祈願をされております。
 将軍が京都に入ることなど、徳川三百年来なかったことであります。
 将軍が入京のあと、諸国各藩も京都警護を命じられました。南部藩でも利剛さまの義弟、南部美作守信民が上京して京都御所の守備に配置されておりました。
 時も人も息せききって走っていたのでございましょう。
 藩の財政もいまは戦費まで賄わねばならない状況であります。
 この情勢のなかで佐渡さまはひとり懸命に藩政の切り盛りに努めたのであります。 ひたすら家祿借り上げ策に頼る以外に道もございません。これまで三分の一借り上げを三年間続けましたが効果はみえません、さらに率を十分の七にまで引き上げますと、さすがに藩士たちも黙ってはいられません。
 ことにも経済担当の実務家たちは、中務の抜擢による者たちが多かったのです。
 公然と「佐渡無能説」を唱えはじめました。中務は、藩費節約策一本やりで家祿借り上げ策に反対なのです。
「佐渡がだめなら、中務」
 現状が苦しければ、改革を求めます、佐幕か、尊王か、はたまた公武合体か、世論はいよいよいそがしくなってまいります。
 慶応元年(一八六五)五月、佐渡さまお役御免となり、中務が次郎と改名して執政に任じられました、いくど目の交代劇でございましょう。
 その年です、倒幕の動きがあって、幕府は長州征伐の兵を起こしたのですが、戦わずに長州藩が謝罪しておさまっています。
 しかし、長州藩の高杉晋作がひそかに薩摩藩と倒幕を誓い盟約を結んでいます。
 京都を中心に諸説が乱れ飛んで、尊王か佐幕かとゆれ動くのでございます。
 盛岡藩でも、家臣たちを集め時局に処する方策を上申させることにいたしました。
 いの一番に登城したのは東次郎、もちろん、勤皇を説くためであります。
「次郎どのは、なにを申し上げる所存でござる」
 同じ家老である花輪図書が問いただしました。
「花輪どの、世の動向をみれば幕府はいずれ滅びます。いつまでも滅びるものにしがみついてはおられません。よしんば戦になったとしてもです、幕府は必ず破れます。それでもわが盛岡藩は幕府にしがみついて麦飯を食いつづけるおつもりですかな」
「世の中の動き?……ひょんたなことを申しあんすな、徳川家からの恩義がござりましょう。そんたなことを殿に申し上げらば、なおさらにお目通しはならながんす」
「いま、わたしが所信を正直に進言しているのは、同じ家老である貴殿に敬意を払ってのことです。しかし、もしも貴殿がなおもはばむと申すならば、わたしは直接に殿に拝謁します。それは、わが家格としても許されるところでありましょう」
「殿が、貴殿には会いたくないと言われているんでがんす」
「藩の存亡について進言しようとするときに、藩侯が会わないと言われるのは、自らの責任を放棄されるようなものでございましょう」
 次郎には、利義さま廃立以来の憤怒が噴きあげてくる思いなのでありましょう。
 図書は急ぎ奥に入って利剛さまにこれを伝えたのであります。
「次郎には異志があるから、会わぬ」
 と、一言でございました。
 利剛さまには、最近の次郎の行動はすでに知れております。
「いま次郎に会えば、勤皇の道を決することになろう。それは、いかにも藩の生き延びる道なのかもしれない。しかし、幕府がだめなら朝廷だとするその道は、はたして正道なのであろうか。この場合に佐渡ならばどうするものであろうか」
 利剛さまは、次郎との道連れがいやなのでもありましょうか。
「殿、後悔なさるでありましょうぞ」
「いま、これ以上に事を荒立てては不利でございます」
 次郎が供の大矢勇太にたしなめられ、しぶしぶ退出して鳩御門辺りにさしかかったときでありました。
 突如数名の捕吏が現れて次郎の両手をつかみあげてしまったのです。
「何をする」
 捕吏たちは無言です。
 次郎を駕籠に押し込めて担ぎあげ、自宅へ送り届けたのです。
「上意でござる、閉門を申しつける」
 次郎は志を奪われたのでございました。
 そのまま監禁され、免職、謹慎のまま戊辰戦争の敗北を迎えることになるのです。
 しかし、東次郎、この間も反同盟の画策を続けていたのでありました。
 さて、それでは南部藩は佐幕派として生きる道を選ぶのでございましょうか。
 いいえ、このたびの家臣からの上申結果をみても、そんなことはございません。
「次郎のように、ひとり先走ってはならぬ、天下の情勢を分析して決しよう」
 いまは、尊王とするもの、佐幕とするもの拮抗してゆずりません。
 なにしろ、ここは都に遠い陸奥の国です。
 どう生きるも、いまは判断できるだけの絶対情報が不足なのです。
 都の動きにも東西列藩の動きにも目を配らなければなりません。
「諸藩の動きは如何でも、わが藩は古来より尊王一筋にして……」
 弥六郎などは尊王を主張してゆずりませんが、幕府への三百年の恩義もあります。  
 ひとまず、藩の衆議として公武合体の線に決したものの、確たる方針があってのものでもありません。
 そしていよいよ、維新の動乱を迎えることになるのでございました。
 
四、奥羽暗雲(一)佐渡上洛
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